神田川に架かる140の橋 栄橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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060-栄橋(さかえばし)

撮影 03/24 15:39   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の60番目は栄橋です。

栄橋の外観
栄橋の外観


栄橋は「方南(ほうなん)通り」を渡す橋である。

下流にも同名の083-栄橋があるが、その橋は方南通り沿いの旧地名が「栄町(さかえちょう)」だったことによるもので、方南通りもかつては「栄町通り」と呼ばれていたらしい。

この町名は、商業地域としての発展を祈ってつけられた名前だそうだが、ここの「栄橋」も同じ由来なのだろう。

ここから上流の道は、川の右手のみにあり、川沿いに柳の木が等間隔に植えられている。

他の橋のところでも述べたが、古来「柳」は鬼門封じのために使われた樹木で、江戸時代には風水の考え方から神田川沿いなどに多く植えられていた。

そういえば「四谷怪談」でも川沿いの柳の樹の下で幽霊が出てきたりするシーンがあるが、もともと風水上で「鬼門」の場所に植えられえることが多いので、不吉な場所という意味合いもあったのだろうか?

柳が幽霊に良く似合うからということではなく、柳の樹が植えられているような鬼門の場所が幽霊に良く似合うということなのかも知れない。

「四谷怪談」は、元禄時代に起きた事件として「四谷雑談集」に記録されたお話で、これを四世「鶴屋南北(つるやなんぼく)」という人が、「東海道四谷怪談」として歌舞伎に仕立てたものである。

「東海道四谷怪談」には、当時不倫をした男女が戸板に釘付けされた神田川に流された話などが書かれている。

本当に川に流していたかどうか真偽の程は不明ではあるが、神田川は何と怪談話ともつながっていた。

それほど江戸時代の人の生活と密着した川だったということである。

栄橋の親柱
栄橋の親柱


神田川と善福寺川の合流
神田川と善福寺川の合流地点。
栄橋と和田見橋の間で神田川と善福寺川が合流します。善福寺川はここまで。写真の右が神田川、左が善福寺川です。


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