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神田上水橋(かんだじょうすいばし)
神田川に架かる140の橋の4番目は神田上水橋です。
由緒ある名前を持つ橋ですがあっさりした造りです。ちょっと寂しい・・・
昔、文京区関口(せきぐち)の大洗堰(おおあらいせき)から上流部は神田上水という名前で呼ばれていましたが、神田上水橋の名前はそれに由来するものです。
そもそもこの川を神田川と呼ぶようになったのはそれほど昔のことではないんです。
神田川は、1965年の河川法の改正以降に神田川という名称になったそうです。
それまでは上流から「神田上水」「江戸川」「外堀」と呼ばれていたんです。
ちなみに「江戸川」は関口から飯田橋まで、「外堀」は飯田橋から隅田川までを指していたそうです。
神田上水橋のネームプレート
神田上水の水と善福寺川(ぜんぷくじがわ)と妙正寺川(みょうしょうじがわ)の水を大洗堰で併せて水位を上げて、その勢いで小日向台の南麓を流れて後楽園の水戸屋敷に入り、埋桶で屋敷を出ると、掛桶(かけひ)で外堀を渡って、神田・日本橋地区に給水していたというのが江戸時代の水事情です。
現在、この橋から下流はコンクリートの護岸となっていて、両岸には人家が並んでいますが、上流は次第に源流である井の頭公園の自然を彷彿とさせるものになっています。
源流まではわずかの地点ではありますが、人家が両岸にならぶ風情からはそのことを余り感じないですね。
神田上水が江戸の上水道としての役割を果たしていたことを考えれば、もともと神田川は人の生活のために自然と闘いながら作り上げてきたものと言えるかもしれません。
その意味では源流の自然がこの橋から下流では、人のための川に変貌しているということも出来るかも知れませんね。
ある意味で「神田上水橋」は象徴的な名前の橋ですね。
コンクリート護岸に守られた街の中の川とは言え、神田川の源流まで程近い場所にあるこの橋の近くでは、井の頭公園に生息していると思われるカワセミのコバルトブルーの姿を時たま見かけることがります。
自然と人工とのせめぎあいの場所がここ神田上水橋なのかも知れませんね。
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