神田川に架かる140の橋 菖蒲橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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079-菖蒲橋(あやめばし)

撮影 03/31 12:49   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の79番目は菖蒲橋です。

菖蒲橋の外観
菖蒲橋の外観
桜が咲いています。

壁が高く、足場もありません。
落ちたら大変そうですね(^^)


「菖蒲橋(しょうぶばし)」と書いて、「あやめばし」と読む。

この橋の親柱、欄干などは名前にあやかって「あやめ」の意匠が施されれている。

この橋の近くの商店街も「あやめ橋商店街」となっている。

橋の名前にちなんでつけられた名前だろう。

古くは「あやめ」という言葉は、菖蒲湯(しょうぶゆ)で使うサトイモ科のショウブを指した言葉で、現在あやめは「はなあやめ」と呼ばれていた。

俗に見分けがきにくいという意味で「いずれがアヤメかカキツバタ」という慣用表現があるが、アヤメは花に網目模様があり、カキツバタにはないというのが区別らしい。

そもそもアヤメの名前は、花の付け根部分に黄色と紫の文目(あやめ)模様があることからつけられたということである。

名前も見た目も信に紛らわしいことこの上ない。

この橋から下流、小滝橋通りにぶつかるところまで、左岸は中野区、右岸は新宿区となり、神田川が丁度境界線になっている。

ちなみに新宿区側にある崖のようなところを越えると渋谷区になる。

明治時代まではこのあたりの神田川がひどく蛇行し、上流からの2本の流れが菖蒲橋あたりで合流し、すぐに2本に分かれるという複雑な地形になっており、その当時の村の境界線は川の流れと一致していたそうである。

その頃存在していた小川(現在は暗渠-あんきょ/地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路-となっている)は児童公園になっており、川のあとが道路と交差する部分(スーパー銭湯の「羽衣湯」の近く)には「羽衣橋(はごろもばし)」という名前を刻んだ親柱が残っている。

菖蒲橋の親柱
菖蒲橋の親柱
ごみ袋とポールは余計でした。


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