神田川に架かる140の橋 神田橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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007-神田橋(かんだばし)

撮影 03/24 12:19   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の7番目は神田橋です。

神田橋の外観
神田川の名を冠する「神田橋」。
さぞすごいだろうと思いきや
4番目の神田上水橋・ 5番目のあしはら橋・ 6番目の丸山橋
と同様な橋です。拍子抜けしました。


神田川には神田橋という名前の同名の橋が3つ有って、その中で最も上流にある神田橋です。

「神田川」だから「神田橋」が多いのか、それとも神社が運営する田圃(たんぼ)という意味の「神田」から来た橋なのか?

まずはこの「神田橋」の近くに古くからある神社はないかどうかを検証し、更にこの辺りが田圃を作るのに適した場所かどうかを検証しなければ、仮説を立てるだけ馬鹿らしいことだろう。

神田橋の名前
神田橋の橋名プレート。
ちょっと控えめな橋名プレートですね〜


神田川の源である井の頭池はもともと「七井の池(なないのいけ)」といわれていたものが、水質が良いことから、井戸のトップクラスで「井の頭」の名前がつけられたというから、水質、水の量ともに問題ないと思われる。

水利のいう面では、田圃を作るのに悪くはないところではない。

後はこの近くに「神田」を運営する神社があれば説明がつくのではあるが。この「神田橋」がある場所の住所は三鷹市「井の頭」である。

「井の頭」と言えば「井の頭弁才天(いのがしらべんざいてん)」がまず第一の候補として浮かぶ。

「井の頭弁才天」は天慶年間(938〜946)に関東源氏の祖である「源経基(みなもとのつねもと)」が、延暦8(789)年に伝教大師(でんぎょうだいし)作の弁才天像を安置したのが始まりとされ、建久8(1197)年に「源頼朝(みなもとのよりとも)」が東国の平安を祈願して宮を建立したという由緒ある神社です。

この神社の「神田」がこの橋の辺りにあったならば文句なしに「神田」を由来とする神田橋なのであるが。

旧「三鷹村役場」火災のため資料が焼失したということであり、「三鷹」の地名のもとが3つの鷹場の村があつまったところ、「三領の鷹場(さんりょうのたかば)」に由来するという資料もこのときに焼失したということである。

今となっては確かめようもないのだろうか?

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