神田川に架かる140の橋 たつみ橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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055-たつみ橋(たつみばし)

撮影 03/24 15:28   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の55番目はたつみ橋です。

たつみ橋の外観
たつみ橋の外観
柱に塗られた水色がやけに目立ちますね。


この橋の名前を見て最初に頭に浮かぶのは、「小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)」の中の喜撰法師(きせんほうし)の歌である。

「わが庵(いよ)は都(みやこ)のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」

「私の庵は都の辰巳(東南)にある。都を離れた山の中でこんな風にすんでいるのだ。その山を、俗世を「憂し」として入った宇治の山と人々は呼んでいるそうな」というぐらいの意味である。

この橋は都の辰巳(東南)の位置にある橋なのだろうか?

ところで、昔の人は何でも和歌に上手く詠んでしまったようである。

江戸時代の武士の時代はというと、戦国時代から名だたる武将たちは立派な「辞世の句(じせいのく 死ぬ間際に読む句)」を詠んでいた。

ここで戦国時代から江戸時代にかけての有名な武将の辞世の句をいくつか引用してみよう。

「極楽も地獄も先は有明の月の心に懸かる雲なし」(上杉謙信)
「露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことは夢のまた夢」(豊臣秀吉)
「嬉やと再び覚めて一眠り浮世の夢は暁の空」(徳川家康)
「曇りなき心の月を先だてて浮世の闇を照らしてぞ行く」(伊達政宗)
「あら楽し思いは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし」(大石内蔵助)

死の間際にこれだけ立派な歌を我々現代人は詠むことが出来るだろうか?忠臣蔵で有名な大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の辞世の句に至っては、切腹しなければ成らないのに「思いは晴るる(本懐を果たして気分が晴れ晴れしている)」「あら楽し」とうたいあげている。

まさに立派としかいいようがない。

たつみ橋の親柱
たつみ橋の親柱
親柱と同じペンキで塗られた表札がわびしい・・・


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