神田川に架かる140の橋 柳橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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066-柳橋(やなぎばし)

撮影 03/24 16:20   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の66番目は柳橋です。

柳橋の外観
柳橋の外観


神田川には「やなぎばし」と読む橋が複数存在する。

「柳橋芸者(やなぎばしげいしゃ)」という言葉でおなじみの「柳橋」にはヤナギがあるが、ここの「柳橋」にも、上流の「やなぎ橋」にもヤナギは見当たらない。

欄干の中央に「送電線注意」のラベルがあり、かつて川の上空に送電線が走っていた頃の名残らしい。

昔の写真では、巨大な鉄塔と送電線が川を跨ぐように君臨し、殺伐とした風景だったようだ。 現在は、川沿いの桜も美しく、アパートやマンションも立ち並ぶこの界隈の上流の神田川北側一帯には「塩辛田(しおからだ)」という字名があったそうである。

大昔には田圃が一面に広がる風景だったのだろう。

「塩辛田」の由来は明らかではないが、全国各地に見られる地名のようではある。

神田川に現在生息する魚を見る限り、「マハゼ」「ボラ」等の河口付近に住む魚がいるのは瀧澤橋より下流であるから、ここの水が塩辛いということはないであろう。

ではこの「塩辛」とは何のことなのだろうか?

全国の「塩辛田」「塩干田」「塩田」の地名の中には、「たたら製鉄」に関連する「廃砂(はいさ)」に由来するものが多いらしい。

「廃砂」とは別名「ニゴ」といい、砂鉄を選別した後の廃砂のことであり、濁り水となって流れることからニゴとも呼ばれるらしい。

ニゴが捨てられるところが棚田や畑になることがあるという。

そもそも関東ローム層という赤土の赤さは鉄サビであり、鉄分が含まれている。もしこの地域付近で砂鉄を採集していたという事実があれば、この「塩辛田」の謎も解けるのであるが、未だ手がかりなしである。

柳橋の親柱
柳橋の親柱


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