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神田川に架かる140の橋の72番目は月見橋です。
月見橋の外観
京王井の頭線「富士見が丘」駅をおりて南に進むと、この月見橋(つきみばし)がある。
商店街にも「富士山」のマークが飾られており、「月見橋」の欄干にも「富士山」のモチーフが刻まれている。
このあたりでもかつては富士山の姿が楽しめたのであろう。
橋の名前の由来は定かではないが、実際にここから見る月が見事だったのかも知れない。
私は「富士山」と「月見」と来れば太宰治(だざいおさむ)の「富嶽百景(ふがくひゃっけい)」の中の「富士には月見草がよく似合う」という言葉が浮かんでくる。
月見草(つきみそう)とは俗称で、マツヨイグサ、やオオマツヨイグサのことをさしているが、「待つ宵草」の名前の通り夏の夕刻になると、まるで「宵が来るのを待っていたかのように」黄色い話が開き始める神秘的な植物である。
むかしはどこの空き地にも生えている植物であったが、もしかしたら神田川のこの界隈(かいわい)にもマツヨイグサが沢山咲いていて、「富士山」と「月見草」をかけて名前をつけたんであれば、なんと文学的なことだろうかと勝手な想像をしてしまった。
富士山といえば、銭湯の絵を思い出すのは少し年齢が上の人だけかもしれないが、富士見つながりで言えば、月見橋の近くに昔の風情を残す公衆浴場(銭湯)「白山湯」があったということである。
残念ながら2002年に廃業となってしまったが寺社造りの立派な銭湯だったそうだが、江戸時代の滑稽本(こっけいぼん)作家である式亭三馬(しきていさんば)の「浮世風呂(うきよぶろ)」のような「裸になれば皆平等」と言った風情を昔風情の銭湯で味わいたかったものである。
月見橋の親柱
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