神田川に架かる140の橋 小滝橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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092-小滝橋(おたきばし)

撮影 03/31 13:37   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の92番目は小滝橋です。

小滝橋の外観
小滝橋の外観
桜が満開できれいですね。
でも撮影を阻害しています・・・


昔はこの橋の下に小さな堰が存在した。

そこを流れる水が小さな滝のようになっていたことから小滝橋(おたきばし)という名前がついたそうである。

江戸時代には橋の周囲に茶屋が並び、夏の納涼の時期には大変賑わったと言われている。

別名「姿見の橋(すがたみのはし)」とも呼ばれていて、上流の「淀橋」が、かつて「姿見ずの橋(すがたみずのはし)」と呼ばれたことと対になっている。

この地域に伝わる中野長者鈴木九郎(なかのちょうじゃすずきくろう)の娘が投身した橋が「姿見ずの橋」、その遺体が見つかったのが「姿見の橋」と言われている。

小滝橋交差点に面したスーパーの前にこの伝説にまつわる碑が存在する。

小滝橋から大久保方面にかけては、現在百人町と呼ばれているが、これは徳川家康江戸入城の際に伊賀の鉄砲百人隊の屋敷地であったことに因んでいる。

鉄砲百人隊は、現在の新宿御苑の地に屋敷があった内藤清成(ないとうきよしげ)とともに江戸に入り、当初は内藤新宿(ないとうしんじゅく)界隈に屋敷があったものが、一部大久保の地に移ったと言われている。

この百人隊にちなんで大久保通りでは、JR山手線「新大久保」駅近くの「皆中神社」を中心として「鉄砲百人隊行列」が祭りの時期に実施され、鉄砲百人隊の装束を身にまとった行列が大久保通りから小滝橋通りを練り歩く。

現在の百人町界隈は、アジア系の人たちが数多く住すまう町で、韓国料理、中華料理(上海料理、蒙古料理、北京料理、台湾料理)、インド料理、タイ料理、マレーシア料理などいずれも本場の味ながら値段もリーズナブルである。

ちょっとしたアジア旅行気分が味わえる町である。

小滝橋の親柱
小滝橋の親柱


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