神田川に架かる140の橋 落合橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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097-落合橋(おちあいばし)

撮影 03/31 13:56   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の97番目は落合橋です。

落合橋の外観
落合橋の外観


「東京・江戸地名の由来を歩く」(谷川彰英著、KKベストセラーズ)によれば、地名には「地名の文法」というものがあり、全国の「落合」という地名は、そこがかつて必ず川と川の合流地点であり、それ以外には考えられない。

同じように、全国の「追分」という地名は、街道と街道の分岐点につけられる地名であるということであるが、ここ落合橋も徳川家康が引かせた上水(じょうすい)神田川と妙正寺川とが合流する地点であり、まさに川と川の合流地点というところから落合という地名が出来たのであろう。

ただし落合の地名は、現在落合橋が架かっている地点のやや上流を指すらしい。

ともあれ現在は、高田馬場分水路の完成により、合流点はコンクリート護岸によって塞がれて、小さな空き地と狭い道路の位置から、かろうじて合流していた昔の妙正川の流路の痕跡を確かめることが出来るのみである。

「江戸名所図解」の「落合惣図」を見ると、田地の中を小さく蛇行を繰り返す神田川と妙正寺川が絵がかれており、その絵の丁度中心が落合であるが、この合流点にはまだ橋はなかったようである。

描かれている橋は、下流の田島橋と、上流側妙正寺川にかかる橋のみであり、岩垣顕著の「神田川遡上」の中の考証では、後者の橋は、現在の西武新宿線下落合駅北側に架かる西ノ橋、当時は落合土橋、比丘尼橋(びくにばし)などとも称した橋のことではないかとされている。

落合橋の親柱
落合橋の親柱


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