神田川に架かる140の橋 宮下人道橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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011-宮下人道橋(みやしたじんどうきょう)

撮影 03/24 12:29   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の11番目は宮下人道橋です。

宮下人道橋の外観
人道橋ですから車禁止。
「橋りょう塗装中」で工事ネットがかかっています。


宮下人道橋は010-宮下橋の近くにある人専用の橋という意味の名前なんでしょう。

「人道橋」と言う名前をはじめて見たとき、「当たり前ではないか」という気がしたのですが、良く考えてみると「人専用の橋」というのは、余り見たことがないような気がします。

010-宮下橋は車道だけではなく、歩行者も通れるようになっていますが、「人道橋」をわざわざ架けたのには何か深い理由があるのでしょうね。

神田川には名前には「人道橋」とつけられてはいませんが、いくつかの人道橋があります。

それは、135-神田ふれあい橋、094-せせらぎ橋などです。135-神田ふれあい橋は臨時につくられた橋が、附近住民の便宜のために残されて現在に至る橋で、094-せせらぎ橋附近は、確かにその場所に橋がなければ神田川の向こう岸に行くには不便な感じがします。

たぶん、「宮下人道橋」の近くにはマンション、アパート等があり、附近住民の便宜を図って作られた橋なんでしょう。

宮下人道橋の親柱
写真では明確に読めませんが"みやしたじんどうきょう"と書かれています。


神田川沿いに人が増えるとそれに伴って橋の数も当然増えることになるんでしょう。このサイトのタイトル「神田川に架かる140の橋」も早晩、現実と会わなくなるんでしょうね。

江戸時代、幕府がおかれた江戸は日本一の都となった訳ですが、そのため全国城下町の中でもっとも橋の数が多い都市となったということなんでしょう。

大阪は「八百八橋(はっぴゃくや ばし)」などといわれますが、それを超える数の橋が当時既にあったと言われています。

もっとも江戸も「八百八町(はっぴゃくや ちょう)」と言ったので、「たくさん」という意味ぐらいで「八百八」という表現を当時していただけかも知れませんね。

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