神田川に架かる140の橋 神田ふれあい橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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135-神田ふれあい橋(かんだふれあいばし)

撮影 04/07 14:01   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の135番目は神田ふれあい橋です。

神田ふれあい橋のを遮るJR線
神田ふれあい橋のを遮るJR線
上流から見た景観でJR線のアーチ下部の水色が神田ふれあい橋です。
拡大してやっと判ります。


もともと東北・上越両新幹線東京駅乗り入れ工事に伴って創られたJRの鉄橋工事用の橋が、地元の要望でそのまま一般開放されて今日に至る人道橋で、神田川下流の橋の中では最も新しい橋である。

目立ちにくい橋ではあるが、対岸である須田町2丁目から秋葉原駅に向かう近道になることから地元の往来は多い。

界隈の商店街の名前も橋にちなんで「神田ふれあい商店街」という名前である。

南詰には長禄2(1458)年に太田道灌が江戸城の鬼門除けとして数多くの柳の木を植えた際に江戸の鎮守として祭られたといういわれのある柳森神社がある。

江戸に限らず古い日本の都市の建設には、風水の知識が必ず生かされている。

神田ふれあい橋の親柱
神田ふれあい橋の親柱


都市の東西南北には、それぞれ守護神に守られている地形がなければならず、風水ではこれを「四神相応(ししんそうおう)」と呼ぶ。

気の流れの発生場所(龍脈)に当たる北(守護神は玄武)は、高台・大地がなければならないとされるが、江戸の場合には麹町台地がこれにあたり、東(守護神は青龍)には川の流れがなければならないとされるが、江戸では平川(神田川)がこれにあたる。

南(守護神は朱雀)、西(守護神は白虎)にはそれぞれ、川の流れを飲み込む池や海、都にこもった邪気を放出するための大きな道がなければならないとされるが、江戸では、それぞれ日々やの入り江と東海道がこれにあたる。

但し、これが江戸の地域拡大とともに変化し、北の地に本郷台、東の地に大川(隅田川)、南の地に(江戸湾)、西の地に甲州街道を当てたといわれている。

江戸は風水によって守られた都市なのである。

工事中の神田ふれあい橋
工事中の神田ふれあい橋
アスファルトを交換中でした。


柳森神社の本殿の前には徳川第5代将軍綱吉の母、桂昌門院が崇拝したものを移したといわれる福寿社という社(やしろ)があり、ここの「おたぬき様」と呼ばれる狸像は「たぬき=他を抜きん出る」という意味から、勝負事、立身出世、金運向上にご利益があるといわれている。

神田ふれあい橋の外観
神田ふれあい橋の外観
下流からの撮影です。


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