神田川に架かる140の橋 仲之橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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110-仲之橋(なかのはし)

撮影 04/07 10:17   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の110番目は仲之橋です。

仲之橋の外観
仲之橋の外観


仲之橋の右岸は新宿区西早稲田、左岸は豊島区高田である。

「神田川遡上(かんだがわそじょう)」では、「豊橋(ゆたかばし)」と「三島橋(みしまばし)」もしくは「面影橋(おもかげばし)」の間に架けられたという意味の名前ではないかと推理している。

川の北側には大正3年創業の「富田染工芸(とみたそめこうげい)」の黒い蔵作りのような姿が見える。

近くのマンションの一階には「東京染ものがたり博物館」もある。

神田川流域の地場産業としての染物は、もともと神田や浅草周辺の染色業者が関東大震災前後にこの辺りの清流に目をつけて工場を開いたのが始まりとされている。

昭和51年に「江戸小紋(えどこもん)」が通商大臣認定の伝統工芸品に選定されて以来、「江戸更紗(えどさらさ)」「江戸刺繍(えどししゅう)」「無地染」などが東京都の伝統工芸品に指定されているという。

「江戸小紋」とは、極めて細かい模様を切り抜いた型紙(小紋型)を用いた型染めの技法の一種で、もともとは江戸時代に武士の裃に使われ、将軍家を始め、各藩は特定の柄を定めて、その藩のシンボルとして使うこともあったらしい。

江戸中期からは庶民の間でも粋なセンスを競って使い始めたということである。

「更紗」は今から3000年以上前にインドで発明された技法で、材料は小紋の絹とは異なり、木綿である。

これを五彩に美しく染めるのが江戸更紗で、江戸時代中期から末期にかけて発祥したと言われている。

神田川を始めとする東京の水は「硬水(こうすい)」であり、水中に含まれる鉄分が染め上げるまでに化学反応を起こして、江戸更紗独特の渋い「侘び色」になるというのである。

江戸刺繍は、「縫紋」や「帯」「歌舞伎・能の衣装」等に使われる贅沢な刺繍である。

江戸時代の人は実に粋である。

仲之橋の親柱
仲之橋の親柱


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