神田川に架かる140の橋 番屋橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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048-番屋橋(ばんやばし)

撮影 03/24 14:59   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の48番目は番屋橋です。

番屋橋の外観
番屋橋の外観


「番屋(ばんや)」という言葉を見ると、時代劇でおなじみの「岡っ引き(おかっぴき)」が活躍する江戸時代の「番所(ばんしょ)」を思い浮かべますが、ここの「番屋」は水の番をする「水番屋(みずばんや)」のことではないでしょうか?

神田川は、かつて文京区関口に取水堰(しゅすいぜき/水位を上げて用水路に水を取り入れるために、川などに横切って設ける堰。取水ダム。)があり、また 130-水道橋には懸樋(掛樋/かけひ)があり、関口と懸樋の両側に懸桶を見張る番屋、即ち水番屋があったことが知られています。

水番屋四谷大木戸、 関口、水道橋の水番屋の責任者は幕府の役人と考えられますが、代田村(だいたむら)の水番屋の水番は名主が勤めていた様です。

そこと和泉村の神田川の番屋橋の間の和泉仲通りを町奉行配下の同心や手下の者が行き交っていたことから番屋橋(ばんやばし)と呼ばれるのではないでしょうか。

江戸時代の水番屋には神田上水を守る人たちが起臥(きが/起きることと寝ること。生活すること。)していたそうです。

なんと、あの松尾芭蕉も俳句で有名になる前にはそのような水番屋で仕事をしていたことがあるそうです。

松尾芭蕉先生も下積みの時代があったんですね。

代田橋の京王ストアの隣にできた高層マンションの敷地は数年前まで通産省計量試験場がありましたが、そこが代田村水番屋の跡地ではないかと言われてます。

番屋橋の親柱
番屋橋の親柱
車がぶつかるのか、親柱の角が傷んでいますね。
がんばれ番屋橋!!


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