神田川に架かる140の橋 中ノ橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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073-中ノ橋(なかのはし)

撮影 03/31 12:34   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の73目は中ノ橋です。

中ノ橋の外観
中ノ橋の外観

中ノ橋の右岸は中野区弥生町、左岸は中野区本町である。

「なかのはし」と発音する橋は3つ存在するが、漢字表記が一定ではなく、「中野区史」の中では、昭和7年には「中橋」、昭和12年は「中野橋」と書かれているようだ。

架橋年代も記述がなく、前後の橋の間に架けられた橋という意味ではないかという推測が「神田川遡上(かんだがわそじょう)」では書かれている。

「中野区」の名前の由来自体は、「中野郷」、即ち武蔵野の真ん中にある郷の意味らしい。

「熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」の古文書の中の貞治元年(1362年)「武蔵国願文(むさしのくにねがいぶみ)」と、応永27(1420)年の「江戸氏庶流書立(えどししょりゅうかきたて)」に「中野殿(なかのどの)」の表記が有る。

江戸時代にも勿論「中野」の地名はあり、味噌作りや醤油作り、畑作が盛んで、江戸町人の食生活にはなくてはならない存在だった地域らしい。

昭和7年よりはるか以前に「中野」の地名があったのにも関わらず、表記が「中橋(なかのばし)」となっていることから「中野」が由来とは考えられない。

「神田川遡上」の筆者が言うように何かの間を意味する「中」なのだろう。 そういえば下流の「仲之橋」は新宿区西早稲田と豊島区高田を結ぶ橋であり、ここの「中ノ橋」は中野区弥生町と中野区本町を結ぶ橋である。

二つの町あるいは村の真ん中の橋というのが名前の由来という説も立てられないだろうか?


中ノ橋の親柱
中ノ橋の親柱


中ノ橋近くのマップ
中ノ橋近くのマップ


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