神田川に架かる140の橋 淀橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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082-淀橋(よどばし)

撮影 03/31 13:03   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の82番目は淀橋です。

xxxx淀橋外観
淀橋の外観
この付近を掘れば埋蔵金があったりして。


淀橋はかつて「姿見ずの橋(すがたみずのはし)」「面影橋(おもかげばし)」などと呼ばれていた橋である。

「姿見ずの橋」の由来は、「中野長者伝説(なかのちょうじゃでんせつ)」であり、中野長者こと「鈴木九郎(すずきくろう)」が、自分の財産を地中に隠す際に、他人に知られることを恐れて、手伝った人間を殺して神田川に投げ込み、九郎と一緒にわたった人が、帰るときには姿が見えなくなっていたことからついた名前ということである。

九郎のこの悪行の報いからか一人娘は蛇の姿となり、入水して果てたと言われ、付近ではごく最近まで未婚の女性はこの橋を渡ってはいけないと言い伝えられていたようである。

中野長者の悪行の祟りで一人娘である「小笹」が蛇の姿になったのは婚礼の式を挙げる夜だったことから、未婚の女性がこのような悲劇にならないようにということなのだろう。

現在の名前の由来は諸説あり、「姿見ずの橋で休憩していた江戸時代の第三代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)が、橋の名前の由来が不吉であること知って、京都の淀川に似た風景だったことからつけた」という説や、「川の流れが緩やかでよどんで見えたから」という説など様々である。

橋の名前からこの界隈はその昔「淀橋区」と呼ばれ、淀橋浄水場が作られた。

その跡地が現在の新宿新都心である。「ヨドバシカメラ」もその発祥の地からつけられた名前だそうだ。ちなみに中野長者が財宝を生めたのは現在の新宿中央公園あたりだとも言われている。埋蔵金は果たして存在するのだろうか?

淀橋の親柱
淀橋の親柱
前後の橋の親柱とやや趣を異にする親柱ですね
工事用フェンスが邪魔!


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