神田川に架かる140の橋 丸山橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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006-丸山橋(まるやまばし)

撮影 03/24 12:09   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の6番目は丸山橋です。

丸山橋外観
004-神田上水橋・005-あしはら橋と同じ色で写真だけみたら見分けが付きませんね。


丸山橋は、京王井の頭線の「三鷹台」駅の前に架かる橋です。

この界隈の昔の風景については三鷹市に住んだ文化人「小沼丹(こぬまたん 1918〜1996)」が昭和37年に「三鷹台附近」という散文を残しています。

この、小沼氏が、
「三鷹台駅に改札口の附いたのは多分昭和十二、三年頃だつたらう。その頃は、駅に降りると線路を横切る道が左右に伸びているばかりで、辺り一帯は葦の茂った湿地であつた。線路沿ひに、井の頭池から出た小川(神田川)が流れていて、釣師の姿をよく見かけたりした。尤もこの湿地も三鷹台から先は田圃に変わつて、菅笠を被った女が田植えをするのを見たことがある。小川に架かった土橋を渡って左に行くと東京市で、立教女学校があり、人家もある」
と回想しています。

この中で言われている「土橋」がどうやらこの「丸山橋」のようですね。

小沼氏は、後に「井伏鱒二」に師事し、「懐中時計」「小さな手袋」等の作品には温かいまなざしと独特のユーモアを交えています。

丸山橋の親柱
丸山橋の親柱。
上流の004-神田上水橋・005-あしはら橋の親柱と比べれば立派ですね。


立教女学院横のなだらかな坂を上がって、一つ目の角を右折すると、高浜虚子に師事して、「ホトトギス」の同人となった俳人「松本たかし 1906〜1956)」が住んだ場所があります。

葦の湿地が広がり、釣師の姿や田植えの姿が見られるのどかな風景の中で、俳句の一つでもひねりたくなるような場所だったんでしょうね。

丸山橋近くの案内板
今は存在しない、みどり橋が書かれていますね。


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