神田川に架かる140の橋 神高橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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101-神高橋(かみたかばし)

撮影 04/07 09:35   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の101番目は神高橋です。

神高橋の外観
神高橋の外観
工事の関係で上流から撮影できなかったので、仕方なく下流から撮影しました。


かつての水害多発地帯であり、通称・高田馬場渓谷の出口に架かる橋。

逃げ道がまったくない天水は、すぐに川に流れ込む。

地表がコンクリートやアスファルトで覆われていると全ての水は川に集まることになる。

新宿区高田馬場一丁目地区は、落合で妙正寺川(みょうしょうじがわ)が合流し、さらに落合下水処理場の水が流れ込む地点のすぐ下流にあたり、JR山手線と西武新宿線の鉄橋をくぐるあたりは地元で高田馬場渓谷と呼ばれており、川幅が狭まり神田川で最も速い流れを見せる。

この渓谷の下流で度々氾濫(はんらん)が起き、この神高橋には大雨が降るごとにTV局の中継車が集まるという。

ちなみにこの橋の南詰めに神田精養軒の本社機能を果たしてるところがあるらしい。

幕府が開国した江戸末期、築地(つきじ)に外国人居留地(きょりゅうち)が設けられて、明治になると西洋館ホテルがオープン、それが精養軒ホテルと名前を変えた後、レストラン部門が独立して上野精養軒に、ホテルベーカリー部門が独立して神田精養軒となったそうである。

神田川流域に住むと、目白坂にある元祖フランスパンの関口(せきぐち)パンともに、神田精養軒のパンも楽しめたらしい。

戦後は下落合の御留め山に本社が、そして妙正川に面して中落合に工場があったそうであるが、それらが移転して現在は本社機能を果たす建物がだけが残ったらしい。

今、神田精養軒のパンを食べることができるのは神田精養軒のレストラン「ザ・キッチン」だけということである。

神高橋の親柱
神高橋の親柱
立派な親柱ですね。


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