神田川に架かる140の橋 花見橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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071-花見橋(はなみばし)

撮影 03/31 12:31   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の71番目は花見橋です。

花見橋外観
花見橋の外観
全体に綺麗な雰囲気がありませんか?


花見橋、いかにも花見の名所といわんばかりの橋の名前である。

神田川沿いには江戸時代からの桜の名所以外にも、川沿いの桜並木が地元住民にとっての花見の名所となっているところも数多く存在する。

花見橋から見える風景で有名なのは、桜よりもむしろ新宿の都庁ビルである。

花見橋のバックに都庁などの副都心のビルが聳え立つ写真は様々な写真家が撮影しているようである。

都庁見橋(とちょうみばし)では寂しいので、やはり花見橋(はなみばし)の名前が良い。

花見とはそもそも奈良時代の公家の行事が起源といわれ、もともとは中国から伝来したばかりの梅が鑑賞されていたものが、平安時代に桜へと変化して行ったということである。

このことは「万葉集」の中で梅を読んだ歌は桜を読んだ歌の二倍近く存在するが、その一方で平安時代の古今和歌集ではその数が逆転するらしい。

そう言えば高校の古典の時間に、奈良時代に「花」と言えば「梅」のことであり、平安時代に「花」と言えば「桜」の事であると習った記憶がかすかにある。

記録に残る最初の花見は、812(弘仁3)年に神泉苑(しんせんえん)という京都の寺院で「花宴の説(かえんのせつ)」を催したというもので、歴史書である「日本後紀」にその事が書かれている。

ちなみに「花より団子」という言葉は、江戸庶民の花見に欠かせない花見団子から来た言葉で、春の息吹を表す桜色、冬の雪の名残を表す白、夏の予兆である蓬の緑の三色の組合せが一般的という。

花見橋の親柱
花見橋の親柱
書体もなかなかいい感じですね。


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