神田川に架かる140の橋 豊水橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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081-豊水橋(とよみずばし)

撮影 03/31 12:57   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の81番目は豊水橋です。

豊水橋の外観
豊水橋の外観


「淀橋」から十二社通り(じゅうにそうどおり)、けやき橋商店街を抜けると「豊水橋(とよみずばし)」に到着する。

「豊水」とは橋の新宿川のかつての字名である。

この辺りは昔から水利が良かったといわれているが、それが「豊水」の地名の由来かどうかは定かではない。

十二社通りの由来は、矢張り中野長者伝説に関係するものである。

中野長者(なかのちょうじゃ)と呼ばれるまでの金持ちになった鈴木九郎(すずきくろう)は、紀州熊野神社の神官の鈴木荘司重邦(すずきしょうじしげくに)の末裔であったことから、熊野権現のご利益と考えて、故郷である熊野から十二の神様を勧請して熊野神社を創建したのが十二社の地名の由来の一つだそうである。

「社」と書いて「ソウ」と読むのは、一つの神社に十二の神様をまとめる相殿(そうでん)形式からきたと言われている。

中野長者伝説の中では、分限者になった鈴木九郎が悪行を重ねたために一人娘が蛇の姿になって入水自殺するのだが、入水したのがこの十二社にある泉だそうである。

婚礼の式が行われる夜に不幸に見舞われた娘を見て、鈴木九郎は改心して仏門に励んだ。

かわいそうなこの娘は偉いお坊さんの供養によって、人間の姿に戻って無事昇天したということである。

この辺りの開墾の歴史に仏教説話の香りを加えて成立した物語であるが、最近になってこの一人娘の遺骨と思われるものが発見され、医師が分析したところ大変病弱な女性であり、物語にあるような入水自殺があったとすると病気を苦にした自殺ではなかったかと推理している。

豊水橋の親柱
豊水橋の親柱


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