神田川に架かる140の橋 新堀橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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095-新堀橋(しんぼりばし)

撮影 03/31 13:51   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の95番目は新堀橋です。

新堀橋の外観
新堀橋の外観


新堀橋の前後は昭和初期の河川改修によって、それまで西武新宿線の北側まで蛇行していた流路を短絡化したものであり、新しく開削したことにちなんでつけられた名前のようである。

改修前の妙正川との合流点がちょうどこの橋の上流だったようであるが、その痕跡はまったく見当たらない。

昭和初期の神田川は、下落合駅のすぐ南側付近で「妙正寺川(みょうしょうじがわ)」と合流しており、現在は「妙正寺川」の橋となっている「千代久保橋」も当時の神田川の橋だったようである。

097-落合橋の上流部にも「妙正寺川」と神田川の合流点跡があるが、河川改修によって人工的につくられた合流点であるようである。

橋のすぐ下には高田馬場分水路に続くトンネルがあり、神田川が増水したときのみ水が流れるようになっているようだ。

「神田川」と「ほり」と言えば、江戸城の「外濠(そとぼり)」のことが頭に浮かぶが、ここの橋の名前は残念ながら「お濠(おほり)」の意味ではなく、「開削」という意味で使っているようではある。

「外濠」とは、かつての115-江戸川橋の堀のうちの外側のものの総称であり、かつては水路が江戸城を取り囲み、内堀や東京湾(江戸湾)ともつながっていたということである。

現在はその多くが埋め立てられてしまったが、「外濠」の経路は、現在の東京都千代田区の外周とほぼ同じであるという。

神田川の千代田区部分にあたる128-小石川橋から138-左衛門橋の間が外堀として機能したということである。

高田馬場分水路入り口1
高田馬場分水路入り口1


高田馬場分水路入り口2
高田馬場分水路入り口2


新堀橋の親柱
新堀橋の親柱


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