神田川に架かる140の橋 永高橋

神田川写真集。東京・神田川に架かる井の頭池から隅田川(大川)までの神田川140の橋。
神田川の探索を通して、神田川歴史や江戸歴史をご紹介いたします。

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041-永高橋(えいこうばし)

撮影 03/24 14:41   -BACK-   -NEXT-

神田川に架かる140の橋の41番目は永高橋です。

永高橋の外観
永高橋の外観


永高橋の左手には旧「都立永福高校」の校舎があり、「永福高校」を縮めた「永高」がこの橋の名前の由来の様で、どうやら「都立永福高校」の設立と併せて架橋された橋の様です。

神田川には現在140の橋が架かっていますが、江戸時代以前から架かっていた橋もあるものの、震災後に作られた橋も多いのです。

橋が人のためにあることを考えると、都市の発展とともに増えるのは当然のことで、この橋も学校に通う生徒たちの便宜のために懸けられた橋なのでしょう。

「永福高校」の校歌に「来たれ友よ水清き 流れに沿いていざゆかん」とある流れは、校舎の前を流れる神田川の事と思われます。

「永福高校」は1970年代末に創立された高等学校で、その頃の神田川は、「水清き」川だったのでしょう。

東京都環境局「公共用水域及び地下水の水質測定結果」によれば、昭和50(1975)年以降、神田川の水質は急速に改善し始めたとあり、丁度それは「永福高校」の創立時期と一致します。

「水清き」川といえなくもなさそうです。

ちなみに1997年に東京都教育委員会の「都立高校改革推進計画」により、桜水商業高校と統合することが決定し、2004年春に「都立杉並総合高校」となり、「永福高校」自体は、2004年3月に閉校となっています。

流れは、この橋の手前で右にカーブし、ほぼ西向きになり、橋の南詰には、雑木林に囲まれた小さな公園があります。

「水清く」「緑豊か」なこの場所は学校の立地としては、確かにもってこいかも知れませんね。

永高橋のネームプレート
永高橋のネームプレート


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